「何のために勉強するのか?」
こう聞かれたら、何と答えますか。
将来の目標がある生徒さんは、「その職業につくため」「行きたい学校に行くため」と、すぐに答えられるかもしれません。
しかし、学年が低ければ低いほど、将来の目標と勉強を結びつけることは難しいものです。
そうした場合は、何のために勉強するのか、その目的が分からなくなってしまうこともあるでしょう。
これは、つらいことだと思います。
私は、子どもたちに勉強の意味を聞かれたときにきちんと答えられる大人でありたいと、いつも思っています。
その答えも年齢を重ねるにつれて少しずつ変わってきました。
若い頃は「人生において選択肢を増やすためだよ」と答えていました。
学生時代、野辺山の天文台を訪れたことがあります。
そこで、天文学を専門的に学べる大学が非常に少ないことを知りました。
そのとき、夢や目標がない人がある日夜空を見て星の美しさに感動し、もっと専門的な知識を得たいと思ったとしても、相当の学力がなければ、その学びの入り口に立つことすらできないのだと感じました。
だからこそ、勉強することで将来の選択肢を増やしておくことには意味があると思っていたのです。
しかし、それから小論文の仕事を通して生徒さんのさまざまな考えにふれ、自分自身も日々学ぶ中であることに気づきました。
私は、人間を知りたくて、世界のことを一つでも多く知りたくて、そして自分自身を知りたくて、勉強しているのだと。
おそらく、幼い頃からそうだったのだと思います。
だから今は、生徒さんにも、「人間を知るため、世界を知るため、そして自分自身を知るために勉強するんだよ」と伝えています。
受験も、筆記試験で一番を取ることも、合格することも、ゴールではありません。
目に見えるもの、見えないものを含め、この世界について少しでも多くを知るための入り口に過ぎないのだと思います。
今、やりたいことが見つからなくても、目の前の勉強は、人間を、世界を、自分自身を知るための何らかの手がかりになるでしょう。
場合によっては、今は意味がないと思っている知識が、いつか誰かの役に立つこともあります。
私自身、小論文がとても好きでしたが、それを仕事として教えることになるとは夢にも思っていませんでした。
それでも一生懸命取り組んできて良かったと思っています。
勉強しなかったことを後悔する人はいても、勉強したことを後悔する人は少ないのではないでしょうか。
今、目の前の課題に苦しんでいる人もいると思います。
すぐに意味が分からなくても、少しずつでも学びを積み重ねていけば、それはやがてあなた自身を助ける力になります。
さまざまなことを知り、考えることが、いつか誰かや社会に貢献することにもつながっていくのだと思います。
私も日々学び、少しでも多くのことを知り、そこで得た学びを生徒さんたちに伝え続けていきたいです。
そして、「何のために勉強するのか」と聞かれたときに、自分なりの答えを伝えられる大人でありたいです。