国語の授業を通して、いつも感じることがあります。
それは、国語は「構造力」の科目であるということです。
国語では、
・文章を読む
・考える
・書く
という作業を繰り返します。
しかし実際には、それだけではありません。
国語が苦手な生徒さんを見ていると、
感覚で解こうとしていることがあります。
もちろん感覚が働く場面もありますが、安定して得点を取るためには感覚だけでは限界があります。
なぜなら、国語には「構造」があるからです。
長文読解では、
・筆者は何を主張しているのか
・その根拠は何か
・文章全体はどのような流れになっているのか
という文章全体の構造を捉えることが必須です。
問題を解く際も、
・何を聞かれているのか(問いの構造)
・どこを根拠にするのか(本文の構造)
・どのようにまとめるのか(解答の構造)
を考える必要があります。
作文や小論文を書く場合も同様です。
・自分は何を主張したいのか
・理由と具体例はつながっているか
・読み手に伝わる構成になっているか
と、自分の文章の構造を客観視する必要があります。
つまり国語では、
「部分」と「全体」の関係を考える力
が常に求められているのです。
こうした力が育つと、
「具体」と「抽象」を行き来する力
も身についていきます。
目の前の出来事から共通点を見つけ、複雑な問題を整理したり、物事の本質を考えたりすることができるようになります。
そしてこの視点は、国語だけでなく、社会や仕事、人間関係など、さまざまな場面にも応用できます。
だから私は授業を通して、単に問題を解くためのテクニックではなく、
物事を構造的に見る力
を養ってほしいと考えています。
そのため、いつも解答そのものよりも、
「なぜそう考えたのか」
「全体の中でどのような位置づけなのか」
という考え方を大切にしながら指導を行っています。
国語はセンスだけで解く科目ではありません。
国語は、構造を捉え、考える力を育てる科目なのです。